本文へ移動
理事長挨拶
再び、理想の旗を高く揚げる。挨拶に代えて。
こんにちは、理事長の服部哲也です。6月20日の就任以来あっという間に5か月が過ぎてしまいました。他の理事の協力も得て、それぞれの施設の最前線で働く人たちにヒアリングをして回りました。隔週ですが今もこれを続けています。そのラウンドによって、様々な事実や課題が見つかりました。設備が老朽化している。施設のあちこちが傷んでいる。機器類が壊れている。職員も足りない云々云々。まさに問題、課題のオンパレードですが、その中に一つだけ嬉しい宝物を見つけました。現場で働く人たちの郁慈会を良くしようという熱意と屈託のない笑顔です。だから、彼や彼女たちのケアの質を高めたいという希望をできるだけかなえてあげたい、入居者の方々にその笑顔を絶やさぬようサポートしてあげたい。
やらなければならないことは山積していますが、私たち新理事が就任したのは、今年度の予算編成がおこなわれた数か月後のこと。前理事の体制の時から理事報酬3~4千万円をカットした資金を加えたとしても焼け石に水で、極めて限られた予算の中で何かを実行するには必然的にプライオリティを付けることを余儀なくされてきます。
そこで躊躇なく最優先課題として選んだのは、介護施設としての最低限かつ最重要な条件である「入居者はもちろん、働く人々にとっても安全・安心な施設」の回復によって失われた郁慈会への信頼を取り戻すことでした。
そのために実施したのが、まず郁楽苑への「見守りカメラ」24台の導入です。これは予算がかかりすぎるため見送っていたものですが、当初のシステムを見直すことにより約6分の1の予算で実現しました。導入直後、不幸にも自立歩行の入居者様の転倒事故が起こったのですが、その様子は鮮明に録画されておりその原因も明らかになりました。お元気な入居者様にも必要な目配りというものを学ばせてもらった出来事でした。このカメラの有効性が確認でき次第、他の施設にも導入しようと考えています。
次には安全・安心な施設を実現するために職員一人一人が何をなすべきかという意識や行動の指針の統一的な確立でした。そのために施設長の一人がリーダーとなり、服部記念病院の看護部長に指導を仰ぎながら、各施設のマニュアルを見直しこれを統一して行きました。さらにはもう一人の施設長がリーダーとなり病院から専門家を招いて、感染対策環境ラウンドを実施して、各施設の衛生環境の改善を行いました。これら地道な努力も持続的に行っています。

 さらに、奈良警察署長を務めた方を理事として迎え、ゆくゆくは職員の誰もが気軽に相談できる「郁慈会110番」のような制度を発足させ、職員の悩みやストレス、諸問題をできる限り解決しようと考えています。
これら「安全・安心な施設の回復」を実現するための、諸施策とは別に、老朽化した車椅子やベッドの廃棄と大規模の新規購入、進んでいなかった施設の大がかりな修繕なども一気に進めつつあり、多額の予算が見込まれています。
にも関わらず私は、先日の施設長会議で出席者たちに「とりあえず稼働率はいったん置いておけ。それよりも何よりも安全・安心な施設の回復が最重要課題である。」と述べました。
もちろん稼働率や経費の削減は法人経営の生命線ですが、安全・安心な施設の基盤が整っていないところで無理やり稼働率を上げようとするのは、人やサービスのひずみを生み、安全・安心を棄損しかねないと思うのです。

 私は、今まで、864の名山に登ってきましたが、この生を終えるまでに1000の山を踏破したいと思っています。残された時間との競争となってしまいましたが、それでも私は焦ることなく一つずつ登って行こうと思っています。その一つ一つの踏破に向けて、毎朝四時に起きては二上山に登り足腰が衰えぬよう備えています。
郁慈会の運営に臨む姿勢も同じです。介護福祉の理想の峰に到達するために、安全・安心の基盤を一つ一つ整えてゆく。稼働率などはその結果に過ぎないと思っています。
 
理事長 服部 哲也
再び、理想の旗を高く揚げる。挨拶に代えて。
 初めまして、この度郁慈会理事長に就任いたしました、服部哲也です。1987年私の父服部安司が、この地に特別養護老人ホーム郁慈苑を設立して以来三十有余年、1947年、児童養護施設としての社会福祉法人チルドレンズハウスの設立から数えると、七十余年の歳月が流れました。郁慈会の郁は、生涯、福祉の現場に身を置いた私の母「服部郁」の名前から、慈は文字通り父服部安司が掲げた理念「慈しみの心」を表しています。
 
 しかしこの間、私たちは父や母の掲げた理想に近づけたでしょうか。残念ながら「否」と言わざるを得ません。確かに、郁慈苑一棟だけから始まった施設は、特別養護老人ホーム郁徳苑、郁愛苑、老人保健施設ユートピアゆり、ケアハウスフローレンス薬師山、特別養護老人ホーム郁楽苑、ケアハウス愛の故郷、居宅介護支援事業所、訪問介護事業所とその規模を拡大し続けてきました。ところが一方、ここ数年は不名誉な出来事がマスコミを賑わし、不明朗な噂がネットに流布されるなど、かつて誇らしく掲げられた理想の旗は地に落ちてしまいました。
 
 私は、これまで郁慈会の運営からは一定の距離を置き、その理想に近づくことができる人ならば、その方々に運営をお任せしてもよい、と考えてまいりました。しかし、ことここに至って、事態を看過しては、あの世で父や母に合わせる顔がありません。私自身来年には傘寿になる齢に達し、もはや金にも名誉にも興味はありません。しかし、今年二月には標高5,895mのキリマンジャロ登頂を果たし、体中に気力は漲っています。幸い、私の思いに共感してくれる多くの友人にも恵まれています。みんな、金銭は度外視して力を貸すと言ってくれています。
 
 これらのエールに背中を押され私は一つの決意を新たにいたしました。それは、父や母が掲げた理想の旗を、もう一度高く掲げて進む、ということでした。そしてその理想は、高齢者と接する現場にしかないという思いを、3つのスローガンにまとめました。
 
理事長 服部 哲也
 
 
もう一度、慈しみ宣言
一、郁慈会は高齢者を幸せにする人を幸せにします。
     (働く人の環境と、高齢者の環境の向上を目指します。)

一、郁慈会は高齢者とともに歩む人とともに歩みます。
     (介護サービスの質的向上をバックアップします。)
       
一、郁慈会は高齢者を全力で愛する人を全力で愛します。
     (献身的に働く人々にもっともっと報いられるよう努めます。)
沿革 郁慈会の歴史は、慈しみの歴史です。
昭和20年に上牧村村長になった服部安司が、全国初の村立学校である上牧中学の建設に続き、戦災孤児を収容するなど数々の福祉事業を行ったのが、始まりであった。
昭和24年6月30日
財団法人チルドレンズハウス設立(平成4年9月30日閉園)
昭和62年5月2日
特別養護老人ホーム郁慈苑設立
平成2年4月23日
老人保健施設ユートピアゆり開設
平成3年9月1日
特別養護老人ホーム郁徳苑開設
平成6年8月1日
特別養護老人ホーム郁愛苑開設
平成6年10月1日
ケアハウスフローレンス薬師山開設
平成11年4月1日
特別養護老人ホーム郁楽苑開設
平成14年4月1日
ケアハウス愛の故郷開設
平成24年1月1日
郁慈会居宅介護支援事業所開設
平成25年4月1日
郁慈会訪問介護事業所開設
TOPへ戻る